うたわれるもの二次創作小説(SS)『神話』序章及び第一章『パクス・トゥスクリーナ』

・PCゲーム「うたわれるもの」の二次創作小説(SS)です。言うまでも無く原作のネタバレ全開。

・ご興味がある方だけご覧下さい。というか、ゲームやってない人にはきっと意味不明。

・基本的にPC版準拠です。その為、恐らくはアニメ版とは大分異なる部分があります。ただし、一部でPS2版等その他で判明した設定等を用いる可能性はあります。

・ご覧のように続き物なんで、当然続きは書くつもりでおりますが、いつになるかは不明。すぐにUPすることもあるかも知れませんが、平然と数ヵ月後の可能性もあるので、ご了承下さい。

・本ページに載せているのは言わばドラフト版であり、UPしてからも(タイトル等を含めて)随時修正する可能性があります。修正した場合にいちいちその旨を明記することはありませんので、予めご了承下さい。正式な版としては二次創作小説サイトの方に改めてUPする予定です。いつになるかはまったく分かりませんが。UPした場合は、その旨をこちらのページででもお知らせします。

・本作品の作成にあたっては、
うたわれるもの考察スッドレ
http://mobile.seisyun.net/cgi/read.cgi/piebbspink/piebbspink_leaf_1157557826

うたわれるもの考察
http://www.ht-net21.ne.jp/~tsurugi/utaware.htm

うたものいろいろ
http://luciola.egoism.jp/utaware/utaware_index.html

うたわれるもの」評。
http://blog.livedoor.jp/april_29/archives/13694537.html

うたわれるもの 徒然考察
http://asa4.blog105.fc2.com/blog-entry-118.html

を作品世界等考察の為の参考にさせて頂いております。大変有難う御座いました。

・尚、本作品はルビを表記する為に、rubyタグを使用しております。その為、一部のブラウザでは作者が意図した形でルビが表示されない可能性があります。申し訳ありません。

・趣味全開。

・ご感想等を頂ければ大変嬉しく思います。お気軽にどうぞ。今後の参考等にもなりますので、宜しくお願い致します。

 

 



『神話』



序:『星の神話』

 

 


 それは、要素だった。
 要素は、要素としての役割を全うし続けていた。
 それだけが、要素としての務めだった。
 ゆえに、そこに引力が生じたのは、一つの偶然でしかなかった。
 しかし、偶然であっても、それは引力に他ならなかった。
 
 そう、それは引力に他ならなかった。

 

 

 



第一章:『パクス・トゥスクリーナ』

 


 右手の鉄扇を高々と掲げ、そして、号令と共に振り下ろす。
 それを合図として、兵士達が土煙を巻き上げつつ、一斉に突撃を開始する。
 相対するように陣を張っていた敵も、それを迎え撃たんとするが、所詮、勢いが違いすぎる。
 トゥスクル勢ならではの技術力を生かした数々の攻城戦術により、敵勢力が拠り所としていた砦の機能がほぼ完全に失われた時点で、既に勝敗は決していた。
 圧倒的とまでは言えないが、少なくとも包囲戦によって相手を弱らせ、そのまま殲滅するには十分な数の熟練兵が、事前にハクオロが指示した戦術に従い、確実に相手を押し潰して行く。
 ハクオロは、小高い丘から、その情景を聊か冷めた目で見つめていた。
 降伏勧告は既に何度か行った。だが、結局事前に投降せしめる事は出来なかった。
 動揺したような兵士達の声に、考え事から意識を戻す。
 見ると、何騎かの騎兵が、こちらへ向けての突撃を敢行していた。あの囲いを突破したのか、と多少の感嘆を持って彼らを見つめる。
 矢が射掛けられ、その数を減らしながら、それでもこちらへ向かってくる。いくらかの苦味とともに、クッチャ・ケッチャ戦を思い出す。大したものだ。折角解囲出来たのだから、逃げることだけに集中すれば、何とかなったかも知れないというのに。
 一応、身構える。
 彼らは、兵士を退けつつ、トゥスクルの皇への侮辱と憎しみの言葉を叫び、一直線に向かってくる。
 だが、彼らの刃がハクオロに届かんかという所で、一陣の風が迅った。
 彼らの体から血が噴き出し、崩れ落ちる。主を失ったウォプタル達だけが、そのままハクオロ達の後方へと駆け抜けて行った。
「見事だ」
 ハクオロは、短い言葉で賞賛と感謝を伝える。
「ハッ」
 いつのまにか彼の前に立っていたトウカが、深々と一例した。
 程無く、戦の喧騒は完全に収まっていた。
「済みやした」
 ウォプタルを駆って、ハクオロ達の所にやってきたクロウがそう報告する。
「敵の生き残りは全て投降。捕縛しやした」
 頷くハクオロ。あっけなく戦は終わった。つまり、軍事大國シケリペチムの復活を叫んで抵抗を続ける、と言えば聞こえは良いが、実際には適当な主義主張を理由に周辺集落から収奪を続ける夜盗同然の小勢力の一つがあっさりと殲滅された、という意味だった。
「相変わらずの戦裁き。さすがですぜ」
 クロウは笑い、そして、続ける。
「ですが、ご覧の通りのショボい奴らです。この通り、総大将がわざわざおいでにならんでも」
「いいんだ」
 ハクオロは首を振った。
「一度、見ておきたかった」
「そうでやすか」
「後はいつもの通りだ。藩主には、ここを完全に破壊するよう伝えておいてくれ」
「ういっス」
 所詮、兵を割いて駐留させておくことは出来ない。豪族達の余力に任せるにも限度がある。ありきたりの策だが、更地にしておくのが、最も無難で効率が良い。それがハクオロの方針だった。
「帰還するぞ」
 彼は、皆に命じた。



「しかし、ひどいことになったものだな」
 都に帰った翌日、その夜。ここ数日に集められた報告に一通り目を通したハクオロはそう言った。
 一年半。たった一年半で、これか。
「それでも、このトゥスクル領内は、比較的平穏な部類かと思われます」
 ベナウィが答える。
「これもひとえに、聖上の御威光あってのことです」
「御威光、ね」
 ハクオロは疲れたように言った。
「では、私はこれで」
「ああ」
 ベナウィが退出してから、ハクオロはため息をついた。
 机上に広げられた地図を見つめる。
 確かに、クッチャ・ケッチャ旧領や、実質的な属領となっているシケリペチム旧領を含め、トゥスクル勢力圏内での混乱は最小限に抑えられている。自らの目で確認したように、何かをやらかそうとするような輩が蜂起したとしても、所詮それは賊の類の域を出ることは無く、常備兵力で十分に対応できるレベルに止まっている。問題があるとすれば、そういった何らかの騒動が常にどこそこで起こっており、その度にそれなりの費用と手間が掛かってしまう、ということだけだった。いくらトゥスクルが大國であるといっても、無限の金蔵を持っている訳ではない。
 ……だが。
「お疲れ様です」
 その声に目を上げる。
「お茶が、入りました」
「ありがとう」
「はい」
 微笑む少女。
 ハクオロは、お茶を啜る。温かな茶の風味が口中に広がる。
「いつも、すまない」
「そんなこと、無いです」
 少女は、首を振る。
「わたしは……、ハクオロさんが帰ってきてくれた、それだけで」
「……ありがとう、エルルゥ」
「……はい」
 エルルゥは、笑った。
 そうなのだ、と彼は思う。
 自分は、確かに帰ってきた。それは事実だ。
「だけど、ある意味で、良かったかも知れない」
「何がですか?」
「コレが無かったら、エルルゥに、私だと分かって貰えなかったかも知れないからな」
「何言ってるんですか」
 エルルゥが怒ったように言う。
「そんなこと、ありません」
「ハハ、すまない」
 エルルゥは、しかし怒った顔のまま、小さくハクオロの胸を叩く。
「……そんなこと、無いですよ」
「……」
「わたしは、ずっと、ハクオロさんを、待っていたんですから」
「……すまない」
 ハクオロは、小さく謝罪の言葉を述べる。
「それが、あっても、無くても。ハクオロさんは、ハクオロさんなんですから」
「……ああ」
 そして、エルルゥはハクオロから離れ、照れ隠しのように、言う。
「でも、少し残念です。ハクオロさんの素顔を、見てみたかったから」
「そうか」
 ハクオロは笑う。
「私はもう少し考えたい事がある。エルルゥはもうお休み」
「はい。お休みなさい」
「ああ」
 エルルゥを見送ってから、自ら顔に手をやる。そこにあるのは、かの、仮面の感触。
 ハクオロは思い出す。『帰還』の、日の事を。
 実のところ、結局、彼は何故自分が「帰って」来られたのか、分からない。
 覚えているのは、気が付いたら、目の前にエルルゥが居た、ということだけだった。
 振り返ったエルルゥは、はじめ、あっけにとられたように、表情の抜けた顔でこちらを見つめ―――そして、持っていた果物の入った籠を取り落とし、そのまま、こちらに駈けより、抱きついて来たのだった。
『ハクオロさん!』
 その時の、エルルゥの声は、今でも思い出せる。
 そして、彼がエルルゥの家で、とりもあえずに新たな衣服を受け取り、身につけていた頃には、アルルゥカミュが勢いよく駆け込んできた。後は、そのままちょっとした騒ぎとなった。
 だが、何故、自分は解放されたのか。
 ハクオロは、大封印オンリィ・ヤークが完成する瞬間、こちらに飛び込んでくるエルルゥの姿を見ている。そして、彼女は、仮面「だけ」を、大封印の中心で見つけ、それを持ち帰ったのだという。
 エルルゥの家に大切に置かれていたというその仮面、おそらくそれと同一のものを身につけた状態で、ハクオロはエルルゥの前に現れた。
 仮面が、ハクオロの肉体と精神を召喚した、となるのだろうか。
 そこが、良く、分からない。
 壱となったウィツァルネミテアは確かに封印された。それを彼自身が選択した。なら、何故、あの日、自分は『帰還』する事が出来たのか。
 何かのイレギュラーが発生したのかも知れない。後日、ハクオロと再会を果たしたウルトリィはそのような可能性を指摘した。
 ハクオロ、空蝉、さらにはアイスマンにとっても大きな意味を持つ少女であったエルルゥの乱入により、ウィツァルネミテアの意識に乱れが生じ、大封印に小さな綻びが発生した。その結果、ディーの肉体を既に憑代として確保しているウィツァルネミテアにとって、もはや抜け殻としての意味しか持たなくなっていた仮面が不要物として弾き飛ばされた。そして、大封印の外に存在する事となった仮面は、まるで、命綱のように、仮面と密接なかかわりがあったハクオロの肉体と精神の因子を大封印から少しずつ引き出し、長い時間を掛けて、再構築した。説明をつけるとすれば、そのような事になる、とウルトリィは仮説を述べたのだった。
 重要なのは、多分ハクオロ自身は、もはやウィツァルネミテアの本体では無い、ということだった。仮面、そして恐らくアイスマンと同一の肉体を持つハクオロは、今でもウィツァルネミテアの一部ではあるのかも知れない。ただ、恐らくはそれは、ウルトリィの仮説にあるような、不要になって排出された『滓』同様のものなのだろう。彼は、自らが何なのかを確かめる為に、何度かウィツァルネミテア形態への変身、もしくは力の解放を密かに試みた事もあった。だが、それは一度として成功しなかった。そしてハクオロは、ウルトリィの推測を、幾らかの安堵と共に受け入れた。もっとも、それは同時に、彼の存在自体が物理的に極めて不安定なものである可能性も示唆していたのだが。
 何にせよ、結局、帰還から十日後には、彼はベナウィに請われるままに、王城へ戻ることとなったのであった。本当は、もう少しはゆっくりお休み頂きたかったのですが、とベナウィは済まなそうに言った。誠に申し訳ありませんが、状況は、聖上のお力を必要としているのです。
 そして、確かに、状況はハクオロに帰還の余韻を味わう事を許す程、生優しいものでは無かった。
 ハクオロが『帰還』を果たしたのは、彼がウィツァルネミテアとして、『大封印』に自らを封じる事を選択してから、ほぼ一年後の事だった。そして、その一年で、『大陸』の状況は、大きく変貌していた。
 『浄化の炎』によるクンネカムン皇都の事実上の消滅をもって終結した、クンネカムン戦役。それに巻き込まれる形で、場合によっては全滅に等しい被害を受けた叛クンネカムン連合軍。その戦争に伴う形で國土が荒廃し、疲弊した諸國。殆どの國が戦を起こす力を失った事により、結果的にもたらされた平和。
 ハクオロは、状況から見て、少なくとも今後十年は何らかの大きな戦乱が起こる事は無い、と踏んでいた。ベナウィやウルトリィ達が尽力すれば、仮令一時的なものであっても、かなりの期間、どちらかと言えば平和、という状況を『大陸』全土に於いて維持できるだろう。
 『眠る』事を選択した時の、ハクオロの内心の判断は、そのようなものであった。
 だが、『帰還』を果たしたハクオロが、ベナウィ達から聞かされた、彼が封印された後の経過は、いささかその予測とは異なったものになっていた。
 確かに、平和にはなった。オンカミヤムカイ賢大僧正オルヤンクルたるウルトリィにより、ウィツァルネミテアの名の下に諸國間にはゆるやかな協定が結ばれた。
 そして、叛クンネカムン連合の中心となり、戦役後も國力を維持した事により、その協定の事実上の盟主と見なされたトゥスクル、その内部はベナウィが纏め上げていた。
 オボロに皇の座を継がせようとするも、拒否されてしまったベナウィは、結局政治的には『ハクオロ皇不在』という形のまま、トゥスクルを存続させる事を選択していた。ハクオロ皇はしばしば勝手に旅に出る、という市井の噂も幸いし、その状態に不審を抱く者はあまり居なかった。また、ハクオロがいまだに皇である、とすることは、別のある面でも、トゥスクルのとある特殊な政治状況的にメリットのある話でもあったのだ。
 そして、ベナウィはオボロが戻ってくるまで、五年でも、十年でもそのまま國を維持するつもりだったらしかった。(それでも戻って来ず、政治的限界点に来てしまった場合は、公式には皇族ということになっているエルルゥ、さらにはアルルゥに、形式面だけでも皇位を継いで貰うことも考えていたようだった。アルルゥまで候補に入っていたということを聞いた時、イメージのあまりの似合わなさにハクオロは苦笑を抑えられなかったのだが。)いずれにせよ、オボロは、聖上のお子と共におりますから。ベナウィはそう述べた。
 その事を、ハクオロは、切なさと、そして奇妙なこそばゆさをもって思い出した。そうなのだ。自分には、子供が居るらしい。しかも、それはユズハの忘れ形見だと、いう。
 ユズハ自身はハクオロと再会することは適わなかったが、彼女は、確かに彼女自身が願った通りに『証』を残した。
「ユズハ……」
 ハクオロは、彼女の冥福を祈りつつ、その、まだ見ぬ我が子に思いを馳せた。不思議な気分はどうしても抜けない。何時の間にか、生まれていた、その、「我が子」。
 是非とも会いたいと思う。ただ、自分がその、ユズハから名を取って『ユズ』と名付けられたという女子に対してどんな感情を抱けるのか、戸惑いが隠せない部分もあるのだ。
 オボロ、どこに居る。
 ハクオロは訝る。
 「世界を見せてやりたい」という言葉と共にその子を抱いて、ドリィ・グラァを連れて旅立ったというオボロ。その消息は知れなかった。
 養育する事自体はいっそオボロ達に任せてやっても良いとも思う。また、世界を見ることは、確かに良い経験にはなるだろう。ただ、自分が帰還した、という噂を聞けば、一度ぐらい戻って来そうなものだが。
 単純に話が伝わっていないだけかもしれない。或いは、信じていない、ということか。
 ベナウィは、ハクオロが長期にわたって不在のままである事を他國に悟られないよう、『しばしば』不在である、という風な形で積極的に噂を流していた。ハクオロ皇がまた旅に出られたらしい。帰ってきたらしい。そしてまた旅に出られたらしい。つまり、旅立った、という噂と、帰ってきた、という虚偽の噂、両方を頻繁に流していたのだ。
 だから、今回の帰還もただの噂とオボロが判断しているのかも知れない。それは大いにあり得る話だった。
 いずれにせよ、各地の草を通じて、それなりに情報は集めているが、結局オボロ達の足取りは掴めないままだった。
 まぁ、急ぐ話ではない、とも思う。いずれ会えれば、それで良いかもしれない。それよりも、トゥスクルにとって、優先して対処すべき事態があるのは事実なのだから。(その意味で、人材としてのオボロ達が不在なのは痛い話ではあったが。)
 そうなのだった。今、ハクオロを悩ませているもの、或いは、『帰還』からの半年の間、ハクオロが対処すべく苦心し続けているもの、それはハクオロの予想を越えて大きく動き始めている大陸の情勢そのものだった。
 協定により、成立した一時的な平穏。それにより、各國は急速に國土を復興させた。皮肉にも、それが各勢力に余力を蓄えさせる事となり、戦役終了から数ヵ月後には、もう小競り合いが起こり始めていた。
 ある意味、戦が切っ掛けとなって、それぞれの地域が活性化した、と見なす事も出来たかも知れなかった。
 それでも、トゥスクルが睨みを効かせられるトゥスクル領内や東方諸國、オンカミヤムカイ周辺の中央諸國はまだ良かった。この間、ハクオロが自ら鎮圧した賊のような輩は現に今も生まれ続けているが、とりあえず現在のトゥスクルにはそれを片っ端から揉み潰していく程度の力はあった。そして、それを取り仕切るトゥスクル内部も、ハクオロが戻って来た事により、政治的な不安定要素、その大部分は解消された。
 問題は、西方諸國だった。
 クンネカムンの消滅によって生まれた軍事的・政治的空白。そこは、戦役を生き残った、或いは戦役後に生まれた諸勢力の陣取り合戦の場となっていた。皇都が消滅し、アヴ・カムゥや仮面兵といった軍事力が失われたシャクコポル族にはもはやクンネカムンを維持する力は残っておらず、そこにはクンネカムン建國以来、先王の方針によって営々と行われ続けられた國土開発によって成し遂げられた、余りにも広大な肥沃な農地、そして封建的制度が基本の大陸では珍しい集約的産業拠点と言った、「柔らかな下腹」だけが残されていた。それは、周辺諸國にとってはあまりにも魅力的過ぎる獲物だった。
 無論、各國の調停者を自認するオンカミヤムカイは手を拱いていた訳ではない。全力で政治工作を行い、場合によってはウルトリィ自らが西方各國に出向いてまで事態の収拾に当たろうとした。戦を収める事がハクオロの意思と信じるベナウィもまた、クロウを指揮官とするトゥスクルの一軍を派遣し、それらの調停工作に軍事的背景を持たせようとしたりもした。
 だが、結局それらの方策は、特に紛争初期の策としてはあまり巧く行かなかった。
 喰えば、喰うだけ力になる、という余りにも単純な原則が支配するそこでは、宗教的な題目や、遥か東方の大國の脅しなど、限定的な意味しか持たなかったのだ。
 勿論、何の効果も無かった訳ではない。再建されたエルムイやハップラプといった幾つかの國々はオンカミヤムカイの方針に賛同し、(言わば「喰うだけ喰った」後の事とはいえ、)積極的な軍事行動を行う事は止めていた。また、ベナウィの行っていた方策を、『帰還』後さらに積極的に推し進めたハクオロは、全体から比較すれば僅かなものではあったが、それでもそれなりのものにはなる、旧クンネカムン一部地域をトゥスクルの臨時管轄地とすることで、そこに他勢力が入ってくることを抑止することにも成功していた。もしもある國が「そこ」に手を出せば、トゥスクルや、その他の協定参加諸國全体に対して喧嘩を売ったことと同義となり、大義名分を得た幾つかの國が一気にその國に攻め入り、嬉々としてその領土を喰い尽すことだろう。
 だが、全体としては、其処此処で戦が続いている事には変わりなかった。
 どうすれば良いのか。
 策が無い訳ではない。
 トゥスクルは、現段階で間違い無く大陸一の大國である。クンネカムン戦役後、國としての形態を保てない地域群を引き受けるという形でさらに支配地域を拡大したことにより、その國力は絶大なものとなっており、また、ハクオロがもたらした様々な知識により、その各方面の技術力も比類無きものとなっている。そして、トゥスクルは、現賢大僧正であるウルトリィが國師であったことに起因するオンカミヤムカイとの深い関係や、叛クンネカムン軍の中核を為した経緯から、トゥスクルがオンカミヤムカイの軍事的後ろ楯であり、同時にオンカミヤムカイがトゥスクル宗教的後ろ楯であることが公然の事実として各國に受け入れられていた。つまり、トゥスクルはこの大陸で、何か事を起こすには最も大義名分に事欠かない國となっていた。
 その背景を元に、西方各國に最終的な警告を飛ばす。それでも従わなければ、オンカミヤムカイに号令を発して貰い、そのまま一気に揉み潰す。
 その後は、同様の騒乱を起こす勢力は、軒並みトゥスクル(と、その協定参加諸國)が殲滅する、と宣言を行う。
 それは、最終的には宗教的名分すら得たトゥスクルによる、ゆるやかな封建的統一へと繋がって行くことだろう。
 そこまで考えを弄んでから、ハクオロは苦笑する。これでは、クーヤがやろうとした事と何も変わらない。確かに、不可能な事では無いだろう。重要なのは大義名分と政治形態。そして、それらを現実的な文明レベルにフィットさせること。民衆へのパンとサーカスにも気を配れれば尚良い。しかも、無理矢理全土を統一しようという話ではない。「戦が無い」状態を実現すれば良い。今、西方諸國で僅かに成功している事例をモデルケースとして、それを大規模に拡大するだけ。
 しかし、ハクオロはそれを行う事は出来ない。アイスマンだった彼にとって、この大陸の民は等しく愛すべき存在ではあるかも知れないが、彼は何よりもトゥスクルの皇であった。現段階でも、トゥスクルは各國の紛争を抑止する為にかなりの國費を消費していた。大國となったトゥスクルにとって、自國が安定するための必要経費としては許容範囲の額ではあるとはいえ、決して無視して良い額ではなかった。
 つまり、これ以上手を広げて、トゥスクルの民に負担をかけることは彼には許されなかった。勿論、人命を含めて。
 パクス・トゥスクリーナ。トゥスクルによる、平和。
 ハクオロはその意味を皮肉な思いで見つめた。
 そうなのだ。既に、そういった方向は、一部で実現してしまっている。今、大陸全土の混乱を抑えている最大要素は、間違い無くトゥスクルそのものである。トゥスクルが力の行使を止めれば、たがが外れたように、各國は紛争に突入して行くだろう。
 では、今後は、どうなって行くのか。
 復興した各國が國力が蓄え、その対立がトゥスクルのみでは抑えきれなくなった時に、そこに何が起こるのか。
 最近、ハクオロの内心には一つの疑念があった。
 『弐』であったウィツァルネミテア。空蝉と分身。自らの孤独から生命の発展を望み、『大陸』、言い換えれば日本列島において旧人類が滅亡し、亜人種が世に満ちた後はその全てを愛し子として、文化を与え、紛争を起こし、その進化に力を貸してきた。
 だが、本当に『貸して』いたのだろうか。
 空蝉にせよ、分身にせよ、自らの子への愛から、その発展に自らの力を用いてきた、という信念に変わりは無かった。だが、本当にそうだったのか。
 確かに、裸一貫で地上に出ることとなった新人類たる亜人種にとり、ウィツァルネミテアが与える「力」は発展への最初の「弾み」にはなっただろう。
 だが、それは「必要」なものだったのだろうか。
 紛争を繰り返しながら、驚異的な回復力で國土を復興し、発展させ、また紛争に突入して行く諸國。
 新人類達は、間違い無く、戦いながら、進化している。無限の悲劇を伴いながらも、僅かづつでも、文明を高みに引き上げている。かつての旧人類がそうであったように。
 ハクオロは思う。
 空蝉と分身、その自分達がしてきた事、それは新人類達の進化に茶々を入れ、方向性を混乱させてきただけなのではないだろうか。
 放って置いても、新人類達はそのうち天への梯子に足を掛け、そのまま生命としての、更なる高みへ駆け上って行くのでは無いだろうか。
 放って置いても、ウィツァルネミテアを凌駕する日が来るのでは無いか。
 だとしたら。
 だとしたら、これ以上の皮肉はない。
 まぁ、いい、と彼は思い直す。
 将来の話はさておくとしよう。現状は最悪ではない。ハクオロ帰還後も続けられた政治軍事両面の工作により、西方の戦は少なくとも拡大はしていない。
 そうだ、少なくとも多くの民にとって状況は少しづつ、好ましい方向に推移している。
 大きな問題は無い。
 ハクオロは、そこで自己欺瞞に耐えられなくなり、立ち上がった。
 自らが、今、敢えて無視した一つの要素。
 確かに、それ以外はだいたい巧く行っている。
 それ、以外は。
 ハクオロは、すっかりと寝静まった城内を当て所も無く歩いた。
 そのうち、屋外の回廊に出る。
 月光に満ちた世界。
 欄干に手をかけ、月を見上げる。
 満月、か。
 しばし、そのまま想いに耽る。
 それは、懐かしい思い出。
 そうしたまま、どれほどの時を過ごしただろうか。
 ふと、ハクオロは、遠くに、同じように月を見上げている、月光に照らされた少女の姿を認めた。
 その情景は、少女の外見とあいまって、彼に、神話的な伝承に基づいた幾許かの幻想的な何かを思い起こさせた。
 ハクオロは、その人影に小さく呼びかけた。
 人影が、こちらを向く。

「あっ、ハクオロ様」
「月を、見ていたのか?」
「はい」

 少女の名前はサクヤ。誇り高きエヴェンクルガの
英雄・ゲンジマルを祖父に持つ、シャクコポル族の娘。
 彼女はハクオロを見て、静かに微笑んだ。

(第二章『月の民、月の娘』に続く)