ブログが「咲く」ということ


(注:この記事は何かに関する隠喩や暗喩を含んでいるのではありません。具体的に言えば、当ブログに関わりのあるような各種の殺伐としたネタやら、この前取り上げた「ネタ化問題」に関連する、あるいはそれとなく言及する(あるいは皮肉の類を述べる)ような記事なのではありません。なんかタイミングがタイミングなんで、念のため。)

 ここ最近、井上@Kojii.netさんの記事http://kojii.cocolog-nifty.com/blog/2006/12/post_2c70.htmlを発端とし、JSFさんhttp://obiekt.seesaa.net/によって突っ込みが入れられまくり、結果としてmyhoney0079さんhttp://d.hatena.ne.jp/myhoney0079/の所でネタになっていたりしてた某カナダの先生がえらいことになっているようで。

 で、どうでも良いことなんですが、とあるブログが、各方面から色々な突っ込みを受けたりした結果、何かが振り切れてしまった状態に移行することを、個人的に、密かに、「咲く」と呼び慣わしております。炎上、とは違います。あくまで、ブログ自身があるフェイズに移行する、ということです。


 ああ、綺麗に咲いたなぁ、とかそんな使い方で。



 とかく、咲き方にも、三分咲き、五分咲き等々色々ある、と。



 ……まぁ、基本的に、花は咲いた後は散るしかないのではありますが。


 ただ、自然界では、咲いた後、そのまま散る多くの花がある一方で、立派な実をつける花もあったりします。

 それと同様に、「咲いた」ブログが、自ら「実」を実らせよう*1という、という決意をするならば、ネット全体にとって有益な「果実」を実らせる、それこそ継続的に実らせ続けるようになることもあるのではないかな、とも思っています。
 無論、良い意味での、真面目な意味での、「果実」です。言い換えれば、ブログ主催者が真摯に己を省みた、あるいは、さらにそこから研鑚を志向した結果として現れた記事等であり、ネット全体の「知」を高めるのに有益となるもの。いや、あくまで希望論なんでしょうけれども。まぁ、そういうことになるのは本当にごく僅かの場合のみであり、多くの「咲いた」ブログは徒花としてただ散るのみ、となるのかも知れませんが。


 勿論、そのためには「咲いた」ブログの主催者自身の実りへの「決意」が大前提なのではありますが。

*1:これってRR?