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変遷して行くブログ、或いはその他の創作物/媚びるなブロガー

http://d.hatena.ne.jp/paraselene/20060812/1155401329

スタージョン先生曰くあらゆるものの90%がクズというなら、意味が通じるのはせいぜい10%だ。なら10%にだけ真意が通じればいい。少なくともそういうスタンスのブログの方が好きだ。


というか、マイナーなときは自由闊達に書いていた人が、有名になってきて、やたら啓蒙ぶったり(使命感に目覚めたのだろうか)、ポエマーになったり(美文の積もりだろうか)、挙句何かプロモートしてみたり(よけいなお世話だ)するのを見るにつけ、ぐんにょりしてしまう。またそれが、自分と同世代っぽい思考構造が見え隠れするとへこんでしまう。そこに跳躍はなく、読者に応えようとするいじらしさばかりが先に立つ。


 ブロガーの人は胸に留めておいても良い指摘では無いかと思ったり。


 別に有名になろうとなるまいと、長く続けると、場合によっては、そういう傾向は多かれ少なかれ、出てくる所は出てきてしまうのだろうなぁ、というか。
 無論、気づけばウチも時間だけはそれなりに長く続いたりしてる訳で。結構休んだりもしてますが。


>(使命感に目覚めたのだろうか)
>(美文の積もりだろうか)
>(よけいなお世話だ)


 強烈な、しかしある種の真理を突いている言葉だと思います。




 でもって、こういうのって、二次創作小説とかをネットで発表し続けたりする場合も、(人によっては、)出てきてしまったりするような気もするんですよね。いつか書こうと思ってたことなのですが。
 以前書いたものである程度良い評判を頂いたりすると、次に書くのは、そういう期待を持って読んでくれる人々を裏切ることは出来ないな、中途半端なモノを書くのは悪いなぁ、という気分になる、というか。
 よく考えれば、趣味の世界でやってることの話の筈であり、ある意味とてもアホらしいと言われてしまうような話になっちゃうのかも知れませんが。
 さらに、ついでにいえば、これはどちらかというと「信頼/期待を裏切ったら申し訳ない」という気持ちの問題みたいなものであり、ちょっと上の話とは違う話になるのかも知れませんが。いや、ある意味一緒になる部分、重なる部分もあるのか。



 何にせよ、媚びるなブロガー、となるのか。


 とかく、色々と、考えさせられるなぁ、と。